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社会の“あたりまえ”を疑う3回目

我が先輩の授業、今回もあっという間の2時間となりました。
前回の授業の様子はこちら
Screenshot_2018-07-24 【U49限定・法学初心者関係・全5回シリーズ】社会の“あたりまえ”を疑う、 法学者 谷口真由美さんと、「法」から考えるシリーズ イベントに参加しよう! まちライブラリー

今回の谷口さんの授業は、
「近代憲法に必須の要素」ということで、「三権分立」のお話しから。

近代憲法に必須のものといえば、
1:人権宣言
2:権力分立
です。

17世紀以降の欧米で、命を懸けて戦って、勝ち取られた様々な権利。
それを守り掲げるのが憲法で、そこに拠って立つのが立憲主義。
日本では学校での憲法教育すら
「政治的だ」と非難されることがありますが、本当は学校でこそ、
小中高で念入りに教えないといけないものです。
権力の暴走の歯止めとするために。

日本での近代憲法としては、
大日本帝国憲法(以下明治憲法)が初めです。
明治憲法は、人によってはひどい憲法と言われたりもするのですが、
一応権力は分立している、
(「臣民の」と付きますが)権利についても規定しています。
ただ、「法律の範囲内において」という留保がついているため、
「形式的立憲主義」と呼ばれます。

明治憲法にせよ現行の日本国憲法にせよ、日本人が持った憲法は基本的に、
国民自らが戦って勝ち得た権利という形ではありません。

国民的な運動の末に得たものというよりも
上から降ってきたというのが正直なところ。
だからどうしても、
国民は「お上が悪いようにはなさるまい」的な発想になりがち。

お上の意向を汲んで、
という発想ではこれまで散々谷口さんの授業でも言及された
「主権者として生きる」ということから遠くなります。

国民がその調子でいくのなら、政治家を含む公務員の態度も尊大になり、
憲法もないがしろにされがちです。

でも、憲法の尊重擁護義務(99条)を負っているのはその公務員。
憲法をないがしろにするような法律や条例を作るなんてことはもちろん、
「政治的なことを学校で教えるな」と憲法から遠ざけようとすることもダメです。

一方の国民は、ただ守られているからとぼんやりしているんじゃなくて、
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」のです。

政治家が国民の権利を制限しようとする時に堂々と抵抗することは、
「過去幾多の試練に堪え」てきた先人たちに連なる行為です。

「過去幾多の試練に堪え」てきた、その文言は過去形ではなく、
今まさに試練に堪える時なのかもしれません。

「政府に対して行動を起こす人と共に立てますか?
抵抗する人の隣にいられますか?
ひょっとしたら一緒に逮捕されるかもしれないし迫害されるかもしれないのに。」

そう語る谷口さんこそが、
テレビや様々な場所で敢然と発言することで、
色んな中傷を受けている人です。
谷口さんのその言葉を聞いた時、
僕は新渡戸稲造のことを思い出します。
理由は長くなるのでここには書かないけれど。

新渡戸稲造は、人生の最後の段階で、
日米開戦に向かう世の空気に抗い、
一人戦争を止めるべく奔走しました。
多くの友人知人が彼の元を去って行っても、
その姿勢を最期まで貫きました。

そのエピソードを知った時、僕がその時その場にいたら、
新渡戸さんの傍にいようと思ったように、
今谷口さんに対して思います。

「過去幾多の試練に堪え」た、その一人にならなければ。

ここまでは概ね谷口さんの授業を振り返る文章でしたが、
ここからはその後のグループディスカッションで
僕が話したことや考えたことが中心になります。

グループで話したテーマは「地方自治の観点からみる沖縄」。

衆院選でも参院選でも、
選挙区では一人の当選者もいなくなった沖縄の自民党。
その地に日本にある米軍基地の7割が存在し、
今まさに辺野古を埋め立てて建設を強行しようとしています。

地方自治ということで考えるならば、
沖縄の人が明確に意思を表明しているのに、
なお基地建設を強行するなんてあり得ません。

これに対して「非国民、売国奴」と罵る人の気も知れませんし、
そもそも外国軍の基地が置かれ続けていることを
不思議に思わないのも理解できません。
「戦争放棄・戦力不保持」と訴えて、
本土から見えにくい沖縄に外国軍の基地を押し付けて
満足してきたことに対しては、
護憲・改憲どちらの側にも根深い問題があると思います。

「私は自民党ではない政党に投票し続けてきた。
でも、常に自分の応援しない政党が勝ち続けた。
これ以上私にどうしろと言うの?」
という趣旨の意見の方もいました。

でも、選挙で投票だけが意見表明ではないと思っています。
選挙で負けてもそれでも選挙に行くし、
誰も聞く耳を持っていなくても誰も読んでいなくても、
それでも僕は自分の意見を言うし書く。
それは何かを変えるためではなくて、
何かから自分が変えられないために必要なことだから。
その点では、僕は明確に主権者として生きているし、
同じように生きる沖縄の人を応援する。

2年近く前、沖縄旅行に行き、
旅行のコースに当時ヘリパッドに反対していた高江を加え、
観光したり宿泊したりドライブを楽しみました。
そして、きれいな服を着て、おしゃれな帽子をかぶって、
いかにも普通の旅行者ですっていう風体で、座り込みにも参加しました。

名護市に行って、あまりにも特徴的な建築物である名護市役所を見物し、
いかにも観光楽しんでますっていう雰囲気で、
「基地対策係」的な役所の係を覗きこんだり
その基地反対のチラシをもらって行ったりしました。
いかにも活動家です、という身なりではなくて、
気楽な観光客の風情でそんなところに姿を現すことが、
小さくても意思表明になり得ると思ったからでした。

一応憲法を学んだ身ながら、
日本国憲法の「第8章地方自治」について
ほとんど読んだ記憶がありませんでした。
ディスカッション中に95条を読んでみたら、
一つの地方公共団体にのみ適用される特別法を定める時は、
その地方の住民投票で過半数を得なくてはならない旨が書かれています。
そうであるなら、そこに基地を作ってその地域の人たちが
苦痛を受けなければならない状況に陥る前に、
住民投票位は必要だろうと思います。

今まさに「過去幾多の試練」にさらされてきた先人たち同様、
試練に向き合っているのが今の世代の我々なんだと思います。
97条は「現在及び将来の国民に対し、
侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」
と結んでいます。

将来の国民にも「永久」とされる権利の生死を握っているのは
僕たちなのだと思います。
既に先人からバトンは渡され、それを次に渡すことができるのか。
できるのか、なんて悠長なこと言ってていいのか?
とも思っています。
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プロフィール

春風~はるかぜ~

Author:春風~はるかぜ~
春風珈琲。コーヒー好き。コーヒーが生まれる場所を見たくてエクアドルのコーヒー生産者に会いに行き、ご近所の生産者のことが気になり始める。フェアトレードって途上国だけのことなのか。色んなところでコーヒーを淹れて、ゆるやかな時間を作ります。出会った人達の商品を紹介中。歴史と京都と町家も好きで、今熊野で町家暮らし。

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