『余の尊敬する人物』

先日、とあるメーリングリストでのとある議論の中から、
僕が歴史上の人物の中でただ一人尊敬している人物は、
新渡戸稲造だという話をしました。

ちょっとしたきっかけと、そこから始まる小さなご縁の数々から、
新渡戸さんの著作を図書館や書店や古書店で探すようになりました。

何年もコツコツとそんなことをして、
もう自分は新渡戸さんの押しかけ弟子だ、と思うようになりました。
誰の許可も得てませんけど(笑)

そんな頃に読んだのが、新渡戸さんの本当の弟子で、
終生彼を慕い続けた矢内原忠雄の『余の尊敬する人物』。
出かける先々で古本屋さんに立ち寄り、
梅田の阪急の駅の下の古書店で出会ったのでした。

メーリングリストで話題にしたこと。
それは、アカデミックな世界に身を置く人は、
その小難しい世界の言葉を、アカデミックではない人達に対して、
分かりやすい言葉に置き換えて伝える努力をしてほしい、ということ。

その例の中で、矢内原忠雄の『余の尊敬する人物』の一部を抜粋しました。
ちなみに、この本の初版は、
1940年(昭和15年)に岩波新書として出版されています。
日米関係が取り返しのつかない状態になろうとしていた
新渡戸さんの晩年(1933年頃)、
新渡戸さんが決死の思いで日米間の懸け橋になるべく尽力したことを、
そして力尽きて亡くなったことを、全力で称える文章も載っているのです。

そのことも、当時の情勢としては驚くことですが、それはまた別の話。

抜粋した一部が以下に。

矢内原忠雄『余の尊敬する人物』
二 新渡戸博士の教育精神

(前略)先生は世間の批難や誤解を招くを恐れず、
淡白に何でも話されました。
先生の言論が世間から誤解や批難を蒙ったことは実に度々でありまして、
世を終るまで一生涯つきまとったのであります。
何故先生はこんなに誤解を受けたのでしょうか。
先生が日本語の表現をよく知らなかったという事もあるでしょう。
不注意に何でも談話するという、口の軽い癖もありました。
しかし「口が軽い」と批難せられたその事の中にも、
先生の意識的な生活態度があったのです。
何でもつつまず平易に話してやれば、
語る先生自身は深みのない浅薄な人間だと思われても、
聴く者にはよく話がのみ込めるだろう。
この平民主義の親切心から、先生の多弁は出たのであると思います。
(中略)
その頃先生は『実業之日本』という通俗雑誌に、
毎号平易な修養講話を連載しました。
之に対しても、「通俗的だ」、「学者らしくない」、
という批難の声が挙がり、
公然としないまでも眉をひそめたいわゆる「識者」たちが多くありました。
しかしどんなのが学者ですか。
若しも学識広く教養深き者が学者なら、新渡戸博士は偉い学者でした。
ただ博士はドイツ流の観念分析を好む学者ではありませんでした。
論理的分析を武器とする概念的学問に対し、
意識的に反感を抱いていたと思われる節さえあります。
「真の学問は筆記出来るものでない。筆記の出来る部分は滓である。
真の学問は行と行の間にある、」
という事を大学の講義の時に度々言ったことがあります。
又、「我輩は専門センス(専門的知識)を教えない。
コンモンセンス(常識)を教える、」とよく言いました。
私は此処で、学者としての新渡戸博士を論じようとするのではありません。
教育家としての新渡戸先生は身を卑しくして通俗の耳に入るよう、
努めて平易に、日常卑近の生活の修養を説いたのです。
平民に向かって、平民の言葉を以って、平民の道を説いたのです。
「学問のある人々には、その任に在るものがむつかしい事を説けばよい。
我輩は店員とか女中とか、そういう階級の人を対象として話している。
こういう人々に話をするには、自分が高いところに止って居て、
ここ迄上って来い、ではいけない。
自分の方から、彼らの水準まで下りて行ってやらねばならない。」
このような事を先生が述懐するのを、私はよく聞きました。
先生が学校教育だけで満足しないで、
社会教育に大なる関心と興味とを示したのも、
先生の平民主義から出たのであります。
日本の民衆の精神的レベルを高めよう、教養を深くしよう、
眼界を広くしよう、というのが先生の努力でありました。
しかも世間は先生を批難して、通俗的だ浅薄だと言ったのです。
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春風~はるかぜ~

Author:春風~はるかぜ~
春風珈琲。コーヒー好き。コーヒーが生まれる場所を見たくてエクアドルのコーヒー生産者に会いに行き、ご近所の生産者のことが気になり始める。フェアトレードって途上国だけのことなのか。色んなところでコーヒーを淹れて、ゆるやかな時間を作ります。出会った人達の商品を紹介中。歴史と京都と町家も好きで、今熊野で町家暮らし。

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